About Harlee(ハーリーについて)
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About Harlee (ハーリーの基礎知識)ハーリーとは?特徴歴史
 
今時のハーリー舟。ファイバー製です。(名護ハーリー06) beachbarnerugoku.gif
ハーリーとは、沖縄地方で盛んに行われている手漕ぎボートレースの事で、豊漁と安全祈願を目的とした海神祭の一環として執り行われます。龍にみたてた船で競漕することから爬龍船(はりゅうせん)競漕とも呼ばれ、神聖な儀式としての「御願(ウガン)バーリー」と競技としての「職域ハーリー」が県内各地で盛大に執り行なわれています。
ここで使っているパドルは島エックと呼ばれる細長いものを使用してます。万座ハーリー06

本来は、沖縄方言で「ユッカヌヒー」と呼ばれる旧暦の5月4日に執り行なわれるのですが、競技性もあるためか5月から11月にかけて、県内各地でレースが展開されています。県知事杯のかかった「万座ハーリー」やハーリー甲子園で知られる「名護ハーリー」などが有名です。

これが沖縄のハーリーです。11〜12人乗りです
漕ぎ手20人のドラゴンボートや26人のペーロン競漕(長崎)とは異なり、沖縄で一般的に普及しているハーリーは漕ぎ手10人と舵取り1人(+鐘打1人)の計11人〜12人で執り行われます。その内、那覇ハーリーだけは漕ぎ手32名の総勢42名の乗組員を要する巨大な爬龍船(はりゅうせん)で執り行われ、沖縄の3大祭りの1つとして国内外から多数のパドラーが参戦します。

沖縄全土に普及するハーリー(11〜12人乗り)では、海人たち(沖縄の漁師さん)が漁労船として使用する「サバニ」をレース用に仕立てたものを使用します。先人達が培ってきた経験と知識に基づいて製造されたもので、俊敏性と機敏性に優れた構造をしています。

那覇ハーリーの模様です。42人乗り用の大型な舟を使用します。那覇ハーリー05

ハーリー:総勢11人〜12人
漕ぎ手10人、舵取り1人、(鐘打ち1人)
ドラゴンボート:総勢22人
漕ぎ手20人、舵取り1人、太鼓1人
ペーロン:総勢30人
漕ぎ手26人以内、太鼓、ドラ、舵取り、采振り、あか汲み
那覇ハーリー:総勢42人
漕ぎ手32名、鐘打ち2名、舵取り2名、旗持ち他6名


今から約600年前に中国から伝わったと言われています。その由来は様々で、1745年に書かれた歴史書「琉陽」には、以下3つの起源説が書かれています。
これがレース用のサバニです。万座ハーリー06



1.中国からの36姓が那覇の港で龍舟競漕をした。
2.長濱大夫(ナガハマダイユ)が中国で龍舟の作り方を習ってきた。
3.豊見城の城主であった汪応祖(オウオウソ)(南山王の弟)が、中国に留学した時に見た龍舟を作らせ、豊見城下の漫湖で競漕した。

その後は、琉球国王の観覧もある国の一大イベントとなり、全島各地に広まったと言われています。又、中国からの冊封使を招いた際にも、首里城にある龍タン池で龍舟を競漕させたという記録も残っています。那覇ハーリーは廃藩置県の時に禁止されましたが、沖縄万博(海洋博)の開催に伴い1975年に復活しました。

これが本場の龍舟です。中国で行われたドラゴンボートレース大会に参戦した時の様子です。ビデオはドラゴンボートパドラーの漕ぎです 本場中国の龍舟競漕(ドラゴンボートレース)は紀元前から行われていたと言われています。その由来は春秋戦国時代、楚の国にいた政治家、屈原(くつげん)が秦に支配された国の命運を嘆き、川に身を投じ、それを知った民が彼の身を案じて、探し回ったと言うのが由来だと言われています。太鼓やドラを使うのも屈原が龍や魚に襲われないように民が太鼓やドラを鳴らして探したことが始まりとされています。



↓これが、中国のドラゴンボートレースです。 ↓UCLAドラゴンボートチームの練習風景。


ドラゴンボートは湖や川などのフラットな場所で行われ、ターンの無い直線レースです。
代表チームが1分間にパドルする回数は100回以上で、500Mのレースなら軽く2分をきちゃいます。


→世界のパドルレースについて

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